NO.438
2003/11/06 (Thu)
Hiromi Uehara: Talent, Technique, Gutsiness & Little Bit Of Luck
新入社員。

「マサハル、君は新しいピアニスト、ヒロミ・ウエハラっていうの知ってるか」 こう話かけてきたのは、先日のピアノバーXEX(ゼクス)で弾き語りをしているケイリブだった。 (10月25日付け日記)  「この前、CDショップの試聴機で聴いたんだが、ものすごいんだよ。で、そこにはヴィデオもあって、それも見た。激しくて、ものすごい迫力なんだ。アーマッド・ジャマルがプロデュースしているらしい。ピアノを叩く感じだな。とにかく一度聴いてみなよ」 僕はその名前は知らなかったが、ケイリブがあまりに熱心に言うので、その名前をメモした。

それからしばらく僕はその名前を忘れていた。そして、先週アーマッド・ジャマルのライヴに行った。(10月29日、30日付け日記) そこで、彼のプロフィールをブルーノートで見ていると、上原ひろみという名前がでてきた。「あれ、どこかで聴いたことある名前だな」と思い、メモ帳を取り出すと、果たして、ケイリブが話していたその彼女のことだった。

家に帰り調べてみると既にちょっとした話題になっているらしい。しかも、10月19日にTBS系のテレビ番組『情熱大陸』で彼女が取り上げられたという。そこで、さっそくCDとそのヴィデオをレコード会社の担当者に送ってもらい見た。

アルバムは 『アナザー・マインド』 (6月25日発売)。最初の曲を聴いた瞬間、僕はあのミッシェル・カミロを思い出した。彼のCDを売り出した時の日本のレコード会社のキャッチコピーは今でも鮮明に覚えている。それはこうだ。「鍵盤の上は嵐です」 上原ひろみを聴いて、鍵盤の上は嵐だと思った。

『情熱大陸』を見た。いいねえ。しっかりしていて。インタヴューに答えている様を見て、シアトル・マリナーズのイチロー選手と同質のものを感じた。それは自分がすべきことを自分自身がよく知っていて、自分自身その目的のために最大級の努力をしているという自負がある点においてだ。多くの人は、ミュージシャンに限らず、なかなか自分自身がすべきことがわからないものだ。それを彼女はすでに24歳にして知っていた。ひょっとしたらアメリカに来て約4年間のうちにそれを学んだのかもしれない。

ケイリブが熱く語る。「なんかで、彼女のCDレヴューを読んだんだ。そうしたら、そのライターはまあまあの評価しかしていなかった。オレは訊きたい。アンタにとっての最高のピアニストは誰なんだ、と。彼女に賛辞を贈らずして、一体誰を誉めるんだ、とね。(笑) まあ、評論家なんて、そのアーティストを誉めもしなければ、けなしもしないのが多いからな。(笑)」 

番組の中で、彼女はいくつもすばらしい言葉を語っていた。「例えばうまく弾けない日が3ヶ月続いたとしても、原因は自分にある(とわかった)時点で、それは苦労でも挫折でもないですね。曲が出来ないからスランプとか、うまく弾けないからスランプだとか、そんなのは(関係ない)、とにかく、できるまでやれ、と。(笑)」

「(自分には決められた)労働時間なんてないですよ。(その道を)極めたければ極めたいだけ働けということなので、死ぬまでにどこまで極められるかは自分の労働時間にかかっている」

こういうセリフがものすごくイチローっぽい。表情とか言葉のしゃべり方とか。(笑) 別に彼女がイチローのファンということはないだろうが。

「荷物が全部なくなっても、靴と衣装とピアノさえあればなんとかなる」

「まだまだ駆け出しですからね。演奏させてくれるところがあればどこへでも行く。営業取ろうと必死になっている新入社員と同じですよ」

彼女は現在ボストン在住。ニューヨークの名門ジャズクラブ「ジャズ・スタンダード」に出演するときは、朝、10ドルの長距離バスで4時間半かけてニューヨークに行き、演奏を終えて、吉野屋の3ドルのビーフボール(牛丼)を一人で食べてから、再び終夜バスで戻る。日帰りの長い一日だ。飛行機なら4-50分の距離だが、まだまだ新入社員は飛行機には乗れない。しかし、重い荷物を持ってマンハッタンのパークアヴェニューを歩く彼女にはそんなことはものともしない充分なガッツがあった。

テレビ番組放映後、CDの売り上げがどーんと伸び、現在品切れになっている、という。このドキュメンタリーを見たら、日本人なら誰でも彼女を応援したくなるだろう。アーマッド・ジャマルのライヴ以来、ピアノ・トリオをたくさん見たい僕としては、はやくライヴが見てみたい。そして直接話をしてみたい。

「ひとつ山の頂上を昇るとまた目の前に大きな山が立ちはだかってるんですよねえ。ずっと続くんじゃないでしょうか」と彼女は言う。 マンハッタンからボストンに帰る深夜バスは、喋り声さえまったく聞こえず、かすかな寝息がもれてくるだけ。彼女も疲れでうとうとしているだろう。下手をするとボストンに着く頃には朝になっているかもしれない。だが、きっと近い将来、彼女はニューヨークに移動するときにも飛行機を使うようになり、ライヴが終ってもその日はニューヨークのホテルでゆっくり熱いバスタブに浸かって体を休めることができるようになるだろう。荷物も彼女自身が持たなくてもよくなるにちがいない。

1979年3月26日静岡生まれ。24歳未年のこの新人社員は、将来大出世まちがいなしだ。

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上原ひろみオフィシャル・ホームページ

http://www.yamaha-mf.or.jp/art/official/hiromiuehara/
http://www.hiromimusic.com/index.htm
http://www.universal-music.co.jp/jazz/j_jazz/hiromi/

毎日新聞掲載の記事。

http://www.mainichi.co.jp/life/music/cia/2003/0609.html

ボストンからの夜行バスの物語。

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030423.html

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PEOPLE>Uehara, Hiromi


Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
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