NO.170
2003/02/27 (Thu)
Saga of Dee Dee Bridgewater continues
愛。

「今夜のショウは、愛を表現するショウ。みなさんに愛をあげるショウです」 バックのミュージシャン一人一人に近寄り「彼には愛が必要」とおもしろおかしく紹介します。最後にギタリスト、パトリックのところにやってきて、「彼には奥さんがいないのよ」と言って会場の笑いを誘います。つかみは完璧!
 
歌と踊りと寸劇と。ありとあらゆるエンタテインメントの要素を詰め込み、それをこの小さなステージで展開するのが、1950年生まれ、現在52歳のディー・ディー・ブリッジウォーターです。2002年4月に発売された新作『ディス・イズ・ニュー』の作品を中心に7曲83分。軽妙なトークで観客をリラックスさせ、その歌で熱くさせます。

2曲目の「サガ・オブ・ジニー(ジニーの物語)」(1940年のミュージカル『レディー・イン・ザ・ダーク』より)は、ディー・ディーのエンタテイナーとしての魅力を最大限発揮したパフォーマンスでした。そこには、大げさなほどの、シアトリカル(演劇的)なパフォーマンスがあり、一曲の中に語られるドラマの起承転結を、たった一人で演じきります。そこには、古(いにしえ)のブロードウエイがあり、モノトーンのクールなジャズがあり、心が叫ぶソウルがあり、汗が飛び散るダンスがありました。たった一曲の中にこれだけの要素を詰め込むことができるなんて恐るべきパフォーマーです。

孤児になったジニーという女性の3歳から76歳までの生涯を数分の作品の中に凝縮して歌います。それは、その一曲だけで、あたかもブロードウエイ・ミュージカル一本分を見せてくれるかのようです。そう、それはブルーノートがブロードウエイのシアターになった瞬間でした。

「あら、あなたが飲んでるの、今週のスペシャル・カクテルじゃない? そのカクテルの名はユーカリというのよ。あなたの名前は? サリー? 日本人ぽくないわねえ。(笑) あなたのために、この曲を歌います。みなさんも、彼女とともにこの曲を楽しんでください」 途中の客いじりも、完璧。観客の体温も徐々に熱くなります。

ジャズからブロードウエイ・ミュージカルなどを経て、再びジャズの世界に戻っているディー・ディー。いまや、彼女がカヴァーする音楽は、ジャズだけにとどまらず、タンゴ、ラテン、サンバ、ソウル、ゴスペル、ロックまであらゆるエリアに飛び火しています。その音楽吸収能力と、解釈能力と表現能力には目を見張るものがあります。フランスにしばらく住んでいたこともある彼女は、フランス語なまりの英語だってしゃべります。本当に器用なんですね。そのインテリジェンスも完璧。

歌い続け、彼女がペットボトルのミネラルウォーターを飲もうとしたときでした。彼女は観客側に背を向け、つまり、水を飲むところをあまりおおっぴらに見せようとはしなかったのですが、そのとき、彼女は別のペットボトルに刺さっていたストローを新しいボトルに刺して、飲んだのです。いまどきのミュージシャンたちは、男性女性に限らず、みな、ボトルから直接口飲みしますが、ディー・ディーはそうしませんでした。彼女の上品さ(クラース)が、垣間見られた瞬間でした。

ここまでの完璧なエンタテイナーがなぜ日本で人気がないのか。よく考えるとひとつだけ思い当たる節がありました。つまり、日本ではたとえば、他のシンガーほど、彼女にはヒット曲らしいヒット曲がないのですね。彼女にヒットを。このままこの才能を埋もれさせるわけにはいきません。

前回の来日時とは構成も選曲もすべて変わったステージを見せてくれたディー・ディー。完璧な新たなディー・ディーの伝説が生まれました。そして、その物語はこれからも続きます。

(ディー・ディー・ブリッジウォーター・ライヴ)
(2003年2月25日・東京ブルーノート・セカンドステージ)
Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
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