邂逅(かいこう)。
チベット出身のシンガー、ヤンチェン・ラモのライヴというのに出向いた。キャッチコピーの「魂を揺さぶるチベットの女神の歌」というのに興味をひかれたからだ。ヤンチェン・ラモは、1989年にチベットから亡命して以来、ニューヨークを本拠に活躍しているシンガー。彼女は伴奏をつけずにアカペラで歌う。今回のライヴは、チベットハウスというところの主催。
http://www.tibethouse.jp/event/2004/040704_concert.html
本人のウェッブ。(英語)
http://www.yungchenlhamo.com/
会場の新宿文化センター小ホールは、収容人数210人。半分くらいの入りか。椅子が並べられ、少しだけ高くなったステージには、青、白、赤、黄などの色の旗が飾られている。マイクが1本だけぽつんと立っている。
司会者の挨拶の後、本人がでてきて、歌いだした。なんと表現したらよいのか、言葉が浮かばない。ひとつ言えることは、あきらかに時間の流れが違う、彼女の周りの空気も違う、ということだ。歌自体は、「な~るほど」と思ったが、魂を揺さぶられるということはなかった。でも、いいとは思う。
また、途中の宗教色がちょっとでたところは、僕にはなじめなかった。純粋に音楽を楽しみたい。チベットの何もない草原とかを思い浮かべながらこの彼女の歌が流れてくれば、ぴったりのように思えた。
しかし、途中で大変なサプライズがあった。なんと、かの渡辺貞夫さんが飛び入りで登場したのだ。ヤンチェンに紹介されてマイクを握った。「1996年に初めてチベットを訪れ、すごくインスパイアーされたんですが、翌年ニューヨークに行ったときに、チベットのレコードを探したんです。まあ、ほとんどがお経とかそういうのばっかりだったんですが、その時見つけたのがヤンチェンのCDでした。(そのCDを聴いて)いつか(彼女と)会えるかとは思っていたんですが、昨日、会えました」
その場で何かをやりたいと言っていたそうだが、それもなんなので、この日のライヴにやってきた、という。そして、「私のすべての愛を」という曲を演奏した。渡辺貞夫さんのソロ・サックス。彼はマイクを通さず、吹いた。もちろん、ブルーノートよりもはるかに狭い会場だから、楽器の音もマイクを通さなくても響く。
3分にも満たない小品だったが、最初の数音だけで、ぞくぞくっと来た。なんなんだろう。この揺さぶられ方は。完璧に、そのサックスの音色に僕の魂は揺さぶられた。彼のライヴは、もう何年も前にブラバス倶楽部かなにかで見て以来だと思うが。音楽の力とは何なのか、ふとわからなくなった。いま再び、レス・イズ・モア・・・。
その後、ヤンチェンとの即席デュオを聴かせた。これもなかなかよかった。そして、一度はけた後、また渡辺さんが登場。映画『新しい風』の音楽を作ったことを説明した。「十勝平野を開拓した依田勉三という人の話なんですが、ま、話は暗いんですが、これに『ラヴ』というタイトルをつけてみました。それをひとくされ、やってみます」 これもものすごくよかった。彼のサックスには、文字通り、ソウルとスピリットがあったのかもしれない。ヤンチェンの声になかったというわけではない。ただ僕の波長とシンクロしなかっただけだと思う。ナベサダさん、よかったあ。次のライヴ、絶対、行こうっと。
ライヴが終った後、ヤンチェン本人がでてきて、CDにサインをしていた。2枚でているCDをとりあえず買って、せっかくだからサインをもらった。その時ちょっとだけ会話した。「89年に亡命以来、チベットには一度も帰ってないのですか?」 「ええ、帰ってません」 「中国の支配が終ったら、帰りますか?」 「わかりませんが、多分・・・。ところで、あなたは、チベット人みたいね」 「あなたも、日本人みたいですよ」 「よくみんなにそう言われるわ」 ナイスな人だった。
89年、ヤンチェンは1600キロのヒマラヤの山道を歩いてインドへ向かった。それは大変な危険に満ちあふれた厳しい逃避行だった。ヤンチェンは「チベットを旅立った時、私はほとんどすべてを失いました。でも、声だけは失いませんでした」と言う。僕には、貞夫さんのサックスがそのヤンチェンのインドへの道(Voyage To India)へのテーマ曲あるいは応援歌のように思えた。インドへの道は、もちろん、彼女にとって自由への道であり、それは音楽への道だった。チベットからインドへ。そして、インドからニューヨークへ。ニューヨークから東京へ。その意味で、ヤンチェンと貞夫さんは、やはり会うべくして会ったのだとも感じた。二人のリアル・ミュージシャンの邂逅である。
(2004年7月4日日曜、新宿文化センター小ホール、ヤンチェン・ラモ、渡辺貞夫・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Yungchen, Lhamo / Watanabe, Sadao