完全復活。
グラミー賞、生放送での中継。「ベスト・ニュー・アーティスト」がエヴァネセンスに行き、「レコード・オブ・ジ・イヤー」がコールドプレイになり、かなり愕然としていたところに、いよいよ「ソング・オブ・ジ・イヤー」の発表になった。ベイビーフェイス、キャロル・キングたちが壇上に。キャロルが言った。「これはソングライターの賞です。歌詞がなければ、(その歌は)ただ『ラララ~』と歌うしかありません。メロディーがなければ、それはスピーチになってしまいます…」 横でベイビーフェイスが微笑みながらうなずく。そしてノミネートが発表され、受賞者の名前が書かれた封筒が開かれる。
「グラミーは…。リチャード・マークス、ルーサー・ヴァンドロス、『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』!」 思わずテレビの画面に向かって「やったあ」と叫んでしまった。
リチャード・マークスとルーサーのマネージャー、カーメン・ロマノが壇上に上がる。ロマノが胸ポケットから一枚の紙を取り出す。ルーサー本人からのメッセージだ。若干声が震えている。「この賞を受賞できて本当にうれしい。この「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」が多くの皆さん方の人生に感動を与えたことを感じています。そして、この曲のメッセージをみなさんの心に届けていただいた私の友人、ラジオのDJなどへ感謝の気持ちを伝えたいと思います。そして、この曲のセンチメント(感情)をともに分かち合ったお母さんへ、僕の代わりにプロモーションに動いてくれてありがとう。私の母に感謝の気持ちを。ありがとう、お母さん」
そして、リチャード・マークス。彼もまた多くの人たちへの感謝を述べて最後にこう締めくくった。「天国のお父さん。いつまでもあなたは僕の心にあります。きっと、今ごろ、ルーサーのお父さんと一緒にシャンペーンのボトルをあけてお祝いしているでしょう」
その時初めてリチャード・マークスの父親が亡くなっていたことを知った。ルーサーはかねてから、この曲は自分のキャリアソング、シグネチャー・ソング(どちらも代表曲を意味する)だと公言していた。しかし、ルーサーとともに13年間、曲を書いてきたマークスにとっても、この曲はある意味で「キャリア・ソング」になっていたのだ。マークスのスピーチを聞いて、それに気付いた。マークスは1963年シカゴ生まれ。父親はジャズ・ミュージシャンであり、音楽関係の会社を経営していた。母親もシンガーで音楽一家に育った。一人っ子。マークス自身、80年代後半から90年代初期まで自ら多くのヒットを放ったシンガー/ソングライターになっている。
マークスはその後の記者会見でこう語っている。「この曲は彼(ルーサー)にとって、ものすごく特別な曲だ。とても個人的な曲であり、同時に非常に普遍的な曲でもある。僕の人生でこれほどあらゆる社会的地位の人々に影響を与えた曲はほとんどない。ルーサーはこれは僕の『ピアノ・マン』(ビリー・ジョエルの自伝的作品)なんだ、と言っていた」
これより先、グラミーのショウでは昨年4月に倒れたルーサーへのトリビュートが行われた。アリシア・キーズが「ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム」をピアノで歌った。ルーサーの歌でも知られるが、元々はディオンヌ・ワーウィックでヒットした作品でもある。そしてその後、なんと、ルーサーのビデオが流されたのだ。
少し弱々しく見えたルーサーは、「もし僕がさよならを言っても、それは永遠のものではありません。なぜなら、僕は、愛の力(power of love)を信じているから~」といった。この「パワー・オブ・ラヴ~」のところは、彼のヒット曲のメロディーを歌ったのだ。その映像を見ていて胸が一杯になった。歌えるじゃないか! あの声はルーサーそのものじゃないか!
マークスは言った。「まだ、ルーサーには皆さんからの祈りが必要なんですよ」 完全復活まで、まだまだ道のりは長い。完全復活の日がいつか来ることを祈って…。
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