立ちっぱなし。
1時半過ぎ、西麻布。「三河屋」さんの前に8人の人が並んでいた。「おやおや、まいったなあ」 ずいぶん前から夜の営業をとりやめ、ランチだけになってからなかなか行けなくなってしまった揚げ物定食屋さん。小さな間口の入口のところに8人も並んでいると、まさにそこは行列ができる人気店さながらだ。ちょうど近くを通ったのでランチを食べようと久々にここに出向いた。
店の主人がでてきて「営業中」の看板を「支度中」にひっくり返した。「えええっ?」 「あ、おにいさん、までね。ここまでは大丈夫よ」 「ほ~~っ、よかったあ」。無事最後の客になれた。15分ほどして中に入ってしばらく座って待つ。
あとは、お客さん帰っていくのみ。だが、外をみるとまた、二人ほど並んでいる。あれ、どうするんだろう。するとそれに気付いたおかみさんが、丁重に断っていた。「しかし、今日はすごいですねえ。またテレビにでもでたんですか?」 片付け物に忙しくしている主人が答える。「そう、この前ね、V6のなんとか君とかいうのが来て、撮影してったんだよ。すごい人気あるらしいね。テレビでるの39回目だよ」
おおお、しっかり勘定しているところが、すごい。「新聞、雑誌は94回かな」とこともなげに言う。「あと、インターネットっていうの? あれでもよくでてるらしいよ。おじさんは全然わかんないんだけどね(笑)」 そういいながら、なんと「東京レストランガイド」の2000年度の総合1位の盾を見せてくれた。
それにしても、ここほど暖かいFeels Like Homeなゴハン屋さんはない。お母さんも、お父さんも、妙におしゃべり好きで、こっちがちょっと話題をふると、止まらない、止まらない、Ain’t No Stoppin’ Them Now。
「この店になってから14年、その前は肉屋38年だから、52年間立ちっぱなしだよ」と主人が軽く言う。えっ? その御主人を50代くらいに思っていた僕は、年齢を計算して頭上にはてなマークが点灯して思わず尋ねてしまった。「え? おいくつなんですか?」 「今年68だよ」 「お若く見えますねえ。ということは、昭和11年生まれ?」 「そうだよ」 「ということは、…ネズミ年!」 「おお、よくわかるねえ」 おまかせください、干支(えと)のことなら。
なんと言っても、ここのメニューはわかりやすい。メンチ、コロッケ、エビフライなどが味噌汁、ゴハンがついて900円か1000円。一番高い味噌カツ定食でも1200円。内税。そのヴォリュームから行くと、超お得で、コストパフォーマンスは最高の店なのだ。メンチを頼んでも、気のいいお母さんはたいがいコロッケや、余っていたりするとエビフライなんかもおまけでつけてくれたりしちゃう。ゴハン、味噌汁、キャベツ、おかわり自由。でも、まず食べきれません。
いつも朝4時に起きて、仕込をして、11時半から2時すぎくらいまで営業し、片付けなどをしていると6時くらいになってしまう、という。前日は夜の8時に寝たそうだ。「まあねえ、時給にしたら1000円にならないよ。うちはね、ここ、おじさんち(自分の家)だから家賃がいらないんで、できるけどね。いろんなお店の人が見にくるけど、みんな家賃払って、人を雇ったらこの値段じゃできないって」 「だったら、もう少し値上げしてもいいんじゃないですか。まあ、2000円っていうのは困るけど(笑)、1300円くらいでもぜんぜんオッケーだと思いますけど」と僕。お母さんが口をはさむ。「いやあ、それじゃあ、(お客さんが)来なくなっちゃうよ。3日に一度しか来れなくなっちゃうより、毎日来てほしいからさあ」 お父さんが言う。「まあさあ、こんなお店やってるから、おにいさんや、若いお姉さんなんかと話ができて楽しいわけだしさ。お店やってなかったら、誰もこんなおじさんと話してくれないよ。(笑)」
お二人には一人娘さんがいて現在アメリカ在住。平成4年、NHKの番組ロケで一家でドイツに行って田舎町でこの揚げ物などを作り、地元の人々に振舞った。その時の様子が現地の新聞に掲載され、それをプラスチックのファイルにいれたものを見せてくれた。「何書いてるか、さっぱりわからないけどね。ははは」とお母さん。そして、ドイツでの珍道中話をしてくれた。
「毎日かあ…」 しかし、揚げ物、毎日はちょっと厳しいかも。(笑) でも、お父さん、お母さんは52年間、立ちっぱなし。そして、この三河屋さんは時代の試練にずっと立ち尽くし、生き残る。
三河屋
東京都港区西麻布1-13-15
電話 03-3408-1304
休業・土・日・祝日
11:30~14:30(ライスが売り切れ次第終了)
コロッケ定食900、ミックス定食900など。
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