シャンパーン。
ラリーの歌声がひときわ響く。CDよりさらにテンポを落して歌う。「計画や期待どおりに物事が進むなんてことはめったにないこと。人生なんてそんなものさ。時が経てばわかる。そうすれば僕たちのことをお互いよくわかりあえるはずだ。時がすべてを教えてくれる(time will tell)」 タワー・オブ・パワーのセカンドのセットリスト中、唯一のスローバラード「タイム・ウィル・テル」が沸点に達してる会場の熱を少しだけさまそうとしていた。
ライヴは連日満員なので、結局、僕は入口近くの立ち見席になった。そこで、立っているような、座っているような形で彼らの演奏を見ていると、カウンターにひじをついて、シャンパーンをボトルでとって飲んでいるひとりの紳士がいた。高級なスーツに身を包んだ一見エグゼクティヴ風だが、えらくのりがいい。その彼が、一緒に行っていたソウルメイトNに「あまちゃってるからさ、飲まない?」とシャンパーンをくれたのだ。Nは微笑みながら、シャパーングラスを受け取った。
「一緒に来た子がさ、よっぱらっちゃって、トイレで寝てるらしいんだよ。ここ来る前、シャンパーン2本くらい飲んじゃって。飲んで大騒ぎするの大好きだから」と彼は言った。そして、僕にもシャンパーン・グラスを手渡してくれた。その細身のグラスを右手であげて彼のグラスにぶつけた。ファンキーな曲が終るたびに、「イエ~~」と絶妙のタイミングで掛け声をいれる。「オレ、昔オークランドに2年くらい、住んでてさ。向こうでももちろん(彼らを)見たよ。(音楽は)黒人ばっかり聞いてたんだよ」 そりゃ、のりがいいわけだ。「オークランドだったら黒人ばっかりでしょ」 「そうなんだよ、やばいよ。(笑) でも彼ら白人のファンク(タワーのこと)も、こう、ちょっと軽くていいよね」 20年以上前、彼はオークランドで初めてブラック系のクラブに行った時、香水と体臭の匂いで気絶しそうになったことを鮮明に覚えているという。
「ガール、僕たちきっとうまく行くと思う。浮き沈みもあるだろう。すべてがパラダイスというわけじゃない。でも、一緒にいればきっと素敵だよ。Baby, I need you, I want you」 「タイム・ウィル・テル」の主人公は、そのガールと一緒になれるのだろうか。せつなさがじわりと胸に響く。
ちょうど、僕の後ろで女性がひとり、黙々と踊っていた。完璧に自分ひとりの世界に入り込んでいた。彼がその彼女にもシャンパーンを手渡した。この一帯が、なんとなくファミリーっぽくなっていた。彼女はミュージシャンの彼氏と一緒に来たのだが、席がわからなくなってしまって、ここで踊ってるという。ブルーノートは初めて、タワーのライヴも初めてだが、「最高! わたし、なんたって、I love music だから!」と言って踊りつづけていた。 その彼女の「I love musicだから」という言葉にちょっと「おおおっ」となった。いいねえ。シンプルにアイ・ラヴ・ミュージックだからって言うのが。
ちょうど一緒に来て席が離れてしまった別のソウルメイトNが通りがかった。「いやあ、もう生バンド、サイコーっすね」 アメリカあたりでライヴを見ると、そこにいる観客全員が「I love music」なんだなあ、ということを痛切に感じる。最近は日本でもそういうシーンを見ることが多くなったが、このタワーのライヴなんかも、かなりそんな感じの観客が多かったように思う。
ライヴ・アーティストは観客が育てる。そして、アーティストも観客を育てる。その双方向のやりとりがあって、観客もライヴアーティストも成長していく。タワー・オブ・パワーとその観客は、互いにリスペクトしあいながら、非常にいい関係を持っているように思えた。こういう観客の前で演奏ができるアーティストも幸せだろうな。そして、こういうバンドをあれほど小さな会場で見られる観客も幸せだ。タワー・オブ・パワーのライヴには、幸せのオーラが漂っている。彼らの音楽とそのグルーヴは、知らぬ者同士も、お互い引き寄せてしまうマジックを持っているかのようだ。シャンパーンとタワー・オブ・パワーの力で二人の見知らぬ者が接点を持った。シャンパーンをくれた彼と僕は名刺を交換して言った。「今度はアイズレーだね」 「まちがいない!」
アンコール曲「ホワット・イズ・ヒップ」が終る頃には、再び会場の温度は沸点をはるかに超えていた。
(2004年1月19日月曜・ブルーノート東京=タワー・オブ・パワー・ライヴ)
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