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そのCDショップの店内で流れている曲は知っていた。流麗なストリングス・アレンジ。おちついた雰囲気のヴォーカル。そして非常にしわがれているハスキーな声。聞いたことがあるかもしれないが、でも、ちょっと名前が浮かばない。
まあ、スタンダードだからどこかのジャズシンガーかもしれない。ちょっとソウルフルだが、おそらく白人だろう。今年はマイケル・マクドナルドのモータウンのカヴァー集がでたり、ブルーノートでBGMでかかっていたスティーヴ・タイレルというシンガーも知った。みな白人だ。スティーヴ・タイレルの「ジョージア・オン・マイ・マインド」など、ちょっと黒人かと思ってしまうほど。どこかルー・ロウルズを思わせる声をだす。スティーヴは歌は本職ではないのに、こんなに上手に歌ってしまうのかというほど、雰囲気のあるシンガーだった。
「ヴェリー・ソート・オブ・ユー」が流れる。ウォーキング・テンポの「ザ・ニアネス・オブ・ユー」がかかる。最近ではノラ・ジョーンズが歌っていて、改めてその曲の良さを再確認していた曲だ。ピアノのイントロに導かれて「フォー・オール・ウィ・ノウ」が歌われる。まるでサンデイ・アフタヌーンをゆったりとさせるかのような歌声。駒沢公園のカフェ・ニコでフレンチローストでも飲みながらそのバックに小さな音で流れるのがぴったりとくるような、そんな歌声と演奏だった。そのセクシーなしわがれ声の歌はまるで恋人たちへのサウンドトラックのようだ。
これが今年の新譜であろうと、10年前の旧譜であろうと関係がない。まあ、言ってみれば時代の流れとはまったく無縁の時間軸を持った作品だ。どこかのオーケストラや楽団で歌っていたシンガーなのだろうか。新進気鋭のジャズ・ヴォーカリストか。僕はどう転んでもこの魅力的なシンガーの名前がわからないだろうと、それを推測する努力をあきらめた。遂にカウンターに出向き店員に尋ねた。「今、かかっているのは、誰ですか?」 その答えに驚嘆した。「あ、これですか。ロッド・スチュワートです。去年のアルバムですよ。スタンダードばかり歌った作品で、この続編が最近でたんです」
アルバムのタイトルは『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』。2002年11月に発売されていたアルバムだった。声は知ってるはずだ。あまりに多くのヒットがある彼なのだから。しかし、まったく思い浮かばなかった。ライナーノーツによれば、ロッドはこうしたスタンダードばかりのアルバムを1983年頃から作りたかった、という。20年間暖め続けてきた作品だったのだ。そして、2003年、その続編も出た。
ロッドはもう何年もこうしたスタンダードをプライヴェートでは歌っていた、という。特に恋人のために。このソングブックは、恋人だけが独占的に聴いてきた作品を、広く多くの人に公開した作品ということになる。それまでロッドのこれらの作品を聴くためには、彼の恋人になるか、あるいは極めて親しくなるしか方法はなかった。すばらしき物は独占せずに、共有することが望ましく、そして、美しい。