Joe Sample: Abstract Subtraction

引き算。

現存するピアニストの中で、おそらく個人的に世界一好きなピアニストと言ってもいいのがジョー・サンプルだ。その彼が2日間だけまったくのソロ・ライヴをやるという。ドラムもベースもギターもなし。ただピアノだけ。これまでもグループのライヴの中で一曲だけ完全にソロになったりすることもあったが、フルショウがソロというのは僕は初めての体験だから、期待した。そうとう期待は高まっていたと思う。

ピアニストのこうしたソロはピアニストにとって究極の姿ではないかと思った。そこにいる150人なら150人観客全員の目が、他の誰でもない、そのピアニストに注がれているのだ。役者の究極の夢が一人芝居をすることだ、ということをかつて聴いたことがある。その伝でいけば、ピアニストの究極の夢も完璧なピアノ・ソロなのだろう。1対150。その客席からもらうエネルギーたるや半端なものではないはずだ。少々体調が悪かろうが、その観客席からエネルギーをもらえばアドレナリンもでて元気にもなるというもの。ピアノの横には赤い布が被せられた小さな台が用意され、ミネラルウォーターがぽつんと置かれている。

今回のジョーのソロを見て聴いて感じたのは、彼のピアノは「引き算」のピアノだなあ、ということ。例えば、最近よく話題にする上原ひろみやミシェル・カミロあたりは、がんがんきて、足し算、足し算、ひょっとして掛け算くらいやってるんじゃないか、と思わせるほどだが、ジョーのはそれと対照的に、すべてを引いていく感じなのだ。がつんと行きそうなところを、すっと一歩引いて弾く。この繊細なタッチはなかなか他のピアニストでは味わえない。

「ソング・リヴズ・オン」から始まったライヴは、快調に進む。しかし、なぜか僕の心に到達しない。なぜなんだろう。不思議だ。ジョーのピアノにはいつもソウルがあるのに、今日はなかなかソウルが感じられないのだ。理由はわからない。ソロだからか。そんなことはあるまい。曲を弾きにいってる感じなのだ。その曲を弾くのに必死というか、余裕がないというか。こんなことを感じたのは初めてのこと。だが、聴いていて気持ちはいい。おそらく、彼の長年の技術でこれくらいのレベルのことはできるのだろう。

「スペルバウンド」、そして、18番の「メロディーズ・オブ・ラヴ」など、いくつも「来そうな」ポイントはあるはずなのに、そこにはせみの抜け殻のようなものを感じてしまう。ピアノの演奏は、もちろんいい。当たり前だ。世界一なんだから。ジョー・サンプルなんだから。だが、つまらない。何かが足りない。一言で言うと僕にコネクトしてこない。こんなはずはないのに。前方スクリーンにジョーの指が映し出されるのを見ながら、ずっとそのことをぼんやりと考えていた。

ジョーは一曲、一曲にちょっとした解説をつけてピアノを弾く。その解説が実に勉強になる。一々メモを取ってしまうのだが、どうしても聞き取れないところがでてくる。思ったのだが、これはジョーの場合、彼の話に通訳をつけたほうがいいのではないだろうか。その話をわかって曲を聴くと、その曲の魅力が倍増するからだ。

「もう一曲だけ弾こう。次の曲は大好きなピアニスト、ファッツ・ウォーラーがやっていた曲だ。彼はとても才能がある人物だった。この曲自体は、ファッツが書いた曲ではないが、彼のヴァージョンが大好きなんだ。『イッツ・ア・シン・トゥ・テル・ア・ライ』!」 彼のアルバム『ソング・リヴズ・オン』ではレイラ・ハザウェイが歌っていた作品だ。一旦ステージを降りた後、アンコールで「ミスティー」を弾いた。ステージで立ち上がった時、ジョーのシャツの肩あたりがかなり濡れていた。あんなに汗をかいていたのか。

僕はコネクトしなかった理由が知りたかった。しばらくして楽屋に会いに行った。「何度かお会いしています。どうですか調子は(how’s everything?)」と尋ねた。「おお、ブルーノートで会ったかな。いや、かなりきついスケジュールなんだよ。昨日来て、今日明日やって、金曜にはバンコックに行く。今日は何曜日かわからないほどだよ。日曜日にはシカゴにいたのかな。(笑)」 彼の話し方、声の出方で、ジョーが相当疲れているような気がした。

ピアニストにとってステージに臨むときのベストコンディションというのはどういうものかを訊いてみたかった。今日がひょっとしてベストコンディションではないのかな、と思ったからだ。「ああ、それは、ピアノだよ。世界中にはほんとにひどいピアノを置いてあるところもあるからね。いいピアノがあれば、いい演奏ができる。僕が好きなスタインウェイのピアノはドイツ製なんだが、12万ドル(約1300万円)もする。ここ(モーションブルー)のスタッフは、ピアノの鍵盤のところを抜き出して、弾いていない時はこっち(楽屋)に持ってきて、加湿器で湿り気を与えてるんだ。すばらしいよ」 「あの~、つまり体調のことなんです。つまり、例えばあなたが時差ぼけとかあると、うまく弾けないとか。ピアニストとしてのベストコンディションというのはどういう時なんでしょう」 (ちょっと英語の質問がうまくなかったのだが。いい直して改めて訊いてみた) 「ああ、そうねえ、でもミュージシャンというのは、どんなに疲れていてもステージに上がってしまえば、そんなことは忘れてプレイするからね。この前の福岡の時だったか、最後のステージの前なんかみんなくたくたで、楽屋ではほとんど誰も何もしゃべらず居眠りしているような感じだったんだが、ひとたびステージに上がると、全員元気になってプレイする。ミュージシャンなんてそんなもんだよ」

「日本の指圧はいいねえ。テキサスにはないんだ。大阪のヒルトンの横にいる指圧師はいいな。それと名古屋にひとり、ものすごくいいのがいる。(笑) もちろん、ある程度うまい人はいるが、彼女は非常にすばらしい。今夜、ホテルに指圧師は来てくれるかなあ」 「1時くらいまでは大丈夫じゃないでしょうか」 一回ステージをこなすと、肩のあたりから、背中までパンパンに張るという。

この日はファーストとセカンド、ダブリは一曲だけだという。セットリストを見せてもらったら、確かにそうだった。「メロディーズ・オブ・ラヴ」だけは両方やったらしい。セカンドセットは、アンコールを含めて13曲。

しばらく話して、やはりジョーのこの日のコンディションはベストではなかったのだろうと思った。言葉が一瞬途切れたり、語り口調がクルセイダーズで来た時のMCと比べ、あまりはっきりせずにちょっとわかりにくかった。つまり、疲れているのだ。ボディ&ソウルのうち、ボディーが疲れていてはいいソウルも生まれない。だから蝉の抜け殻だったのかもしれない。だが、表面上は技術と職人技で一見まったくそんな風には見せないのだ。そこがプロフェッショナルたる所以だろう。

ジョー・サンプル、64歳。まだまだがんばってもらわなくては困る。一度倒れているのだから、あまり無理をせずにゆっくり休んで、マイペースで仕事をしてほしい。ちょっと心配だ。コネクトしなかった理由がなんとなくわかった。彼もまた生涯一現役ピアニストだ。

そして、彼のピアノは引くピアノ。I love you, Joe!

Set List
show starts 21.31

1. The Song Lives On
2. One On One
3. Carolina Shout
4. I’ve Got Rhythm
5. I’ve Got It Bad That Ain’t Good
6. Spellbound
7. How Are You Gonna Keep On (?)
8. Melodies Of Love
9. The Entertainer
10. Carmel
11.Jungle (?)
12. It’s A Sin To Tell A Lie
Enc. Misty

show ends 22.57

(2003年12月10日(水)横浜モーションブルー=ジョー・サンプル・ライヴ)

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クルセイダーズ・ライヴ評

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ジョー・サンプル・ライヴ評

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