接点。
ミニー・リパートンのバラードばかりを集めたCDが東芝からでるので、そのライナーを書くために、いろんな昔の彼女の作品を聴いています。ミニーの「ラヴィン・ユー」が入っているアルバム『パーフェクト・エンジェル』に続く作品が『アドヴェンチャー・イン・パラダイス』です。この中で、リオン・ウェアの曲がいくつか歌われているわけですね。
このアルバムは、75年5月に発売されていますが、ちょうど、「ラヴィン・ユー」が大ヒットした直後の作品です。「ラヴィン・ユー」に続くとなると、みな「ラヴィン・ユー」系の曲を望んだのですが、見事にそのタイプの曲はない。ここが潔いというか、あっぱれというか。
ミニーについては、この日記の読者の方ならご存知だと思いますが、すでに『ソウル・サーチン』の第6章https://www.soulsearchin.com/soulsearchin/6.htmlでかなり詳細に書いていますので、ここは少し違った角度から書こうかなと思ってるわけです。
そこで目をつけたのが、リオン・ウェアとスコット・ギャロウェイという人。リオンは、先日のBBSにもSOULOZさんが書き込まれたように、昔からけっこうアルバムをだし、アンダーグラウンドでは非常に人気の高いシンガー・ソングライターです。スコットは、まあ、誰も知らないと思いますが、アメリカの音楽ジャーナリスト(まあ、僕と同業と言ってもいいかも)で、コンピレーションの編纂、選曲などもする人。彼は、ミニーの2枚組『ペタルス』を編纂しています。そこにいたるまでの苦労話がなかなか興味深かったので、このあたりにも触れようかな、と。
さて、リオンがミニーと出会ったのは、なんとクインシー・ジョーンズのセッションでした。クインシーの74年5月に発表されたアルバム『ボディーヒート』の中に、「イフ・アイ・エヴァー・ルーズ・ディス・ヘヴン」というリオンが書いた曲があります。これはその1年後75年8月からアヴェレージ・ホワイト・バンドがカヴァーして大ヒットさせますが、その曲をリオンと一緒に歌っているのがミニー・リパートンです。この時点で、ミニーはまだ「ラヴィン・ユー」のヒットを出していませんから、まあ、無名です。
そして、リオンが曲作りに参加した『アドヴェンチャー…』が75年5月に発売されます。また、リオンはこの後、彼がプロデュースなどに参加したマーヴィン・ゲイのアルバム『アイ・ウォント・ユー』が76年4月からヒットします。こうして、リオンの名は業界内でどんどんと高まっていくわけです。
果たして、リオンとミニーの接点、どんな展開になるんでしょうねえ。僕にもまだわかりません。(笑)