▽マーヴィン・ゲイ自伝~『ディヴァイデッド・ソウル(引き裂かれたソウル)』について

▽マーヴィン・ゲイ自伝~『ディヴァイデッド・ソウル(引き裂かれたソウル)』について
24年。
マーヴィン・ゲイの自伝『ディヴァイデッド・ソウル』(デイヴィッド・リッツ著)が全米でリリースされたのは1985年春。マーヴィンが父親の銃弾に倒れ急死したのは、その1年前の1984年4月1日のこと。僕がこの本を手に入れたのは、1985年5月22日、今はなき銀座の洋書店イエナで入手した。なんと、オリジナルのハードカヴァーは16ドル95セント(1ドル200円として3400円くらい。これに郵送料がかかる)だが、日本円で5760円で買ったとメモしてある。けっこう高い本だ。
吉岡正晴のソウル・サーチン
この340ページもある分厚い本を何とか読み始めるのだが、これが実におもしろい。マーヴィンがどんな性格だったのか、どういう意識を持っていたのかなどがわかり、マーヴィンのそれまでに知っていた情報とまったく違うものを知った。
徐々に、この本のタイトルが『ディヴィデッド・ソウル(引き裂かれたソウル)』となっている意味がわかってくる。マーヴィンの人生は、常に神と世俗、良い子のイメージとバッド・ボーイのイメージなどの相対するキャラクター二重人格的要素で固められてきていた。つまり、そしてその人生になんらかの破綻が起き、彼自身の生き様が「引き裂かれたソウル」だったのだ。
さらに、反体制、アンチ・アメリカ、反戦と彼は常に戦う男でもあった。また幼少の頃からの父親との確執も詳細に語られ、父の元からの逃亡が人生初期の大きな節目になっていることが明かされる。その父との確執は、後年「ホワッツ・ゴーイング・オン」などにもでてくるが、最終的には、その父親の銃弾にマーヴィンの人生の終止符が打たれるところで、最初から最後まで父との戦いだったということが浮かびあがる。
マーヴィンは、常に音楽をパーソナル(個人的)なものにしていた。彼はラヴ・ソングを最初の妻で17歳年上のアンナのために歌い、次に二番目の妻で17歳年下のジャニスのために歌っていた。彼は日々感じたことを歌に託していた。
マーヴィンが女性歌手とデュエットを歌うと妻が嫉妬する。マーヴィンより若いアーティストがでてくると、マーヴィンがその成功に嫉妬する。ベリー・ゴーディーがダイアナ・ロスばかりを売り出すのに躍起になり、失望し傷つく。あまりに繊細で弱い人間マーヴィン・ゲイ。ドラッグ、税金問題、仮面夫婦から最終的に離婚、ヨーロッパへの逃避行、奇跡のカンバック、大ヒット。元祖トラブル・マン。こんな劇的、壮絶な人生があるだろうか。読み物としてもかなりおもしろい本である。
彼の恩人ハーヴィー・フークワについては、拙著『ソウル・サーチン』でマーヴィンの話ともからめて書いたが、この本はマーヴィン・ゲイのバイオグラフィーである。当初、ナット・キング・コールのようなバラード・シンガーになりたかったマーヴィンの失意とは。「ホワッツ・ゴーイング・オン」がどう生まれたか、「レッツ・ゲット・イット・オン」がどうできたか。完成の折にはぜひご一読ください。
『ソウル・サーチン~マーヴィン・ゲイがあこがれた男』ハーヴィー・フークワの章。
https://www.soulsearchin.com/soulsearchin/2.html
実は1985年にこの本を手にいれ、すぐに自分なりに訳し始め、こういう本なら翻訳してみたい、と思った。とはいっても最初の10ぺージくらいで挫折していたが。ただ、翻訳して日本で出してみたいと僕が思った最初の本が、このデイヴィッド・リッツ著の『ディヴァイデット・ソウル』だった。1990年代に一度別の出版社から翻訳版リリースの話があり、出版作業が別の訳者で途中まで進んだのだが、諸事情で中止となり、その後はこの本に関しては宙に浮いていた。どうなるんだろうとは思っていたがすっかり忘れていた。
当時は、僕にも翻訳本を出すノウハウ、その前に翻訳技術などまったくなかったが、その後1996年に僕はベリー・ゴーディー・ジュニアの自伝本を翻訳監修し出版することができた。なんとなく、この出版の世界のことがおぼろげにわかり、以後いくつかの翻訳本なども出すことになった。そして、2005年にはデイヴィッド・リッツが最初に書いたレイ・チャールズの自伝を翻訳することになった。
僕はデイヴィッドと1994年4月に知り合い、そのときにこのマーヴィンの本にサインをもらった。以来彼とはメールなどのやりとりをするようになった。スモーキー・ロビンソンのボックス・セットのライナー翻訳のときなども、わからないことをいろいろ教わった。彼は、スモーキーの自伝も書いている。
デイヴィッドの英語は、本人がインテリであるだけに、けっこう難しい。ヴォキャブラリーが多い。当時の手書きで試しに訳したものが、原稿用紙に残っているが、20年以上前のものに今、とりかかっているというのが不思議な気持ちだ。
デイヴィッドに『ディヴァイデッド・ソウル』の翻訳をやることになった、とメールすると大変喜んでくれた。彼は昨年、中国のピアニスト、ラン・ランの本を書くために中国に滞在していた、という。そのとき、日本を懐かしく思い、また行きたいと思ったそうだ。
さて、昨年(2008年)の9月から翻訳作業に入り、この1月に終了、の予定だったのだが、まだ実は3分の1あたり。この1月がかなり切羽詰っている状況だ。自分でも間に合うのか少々心配になっているのだが、こうして、発表して自分を追い込むことでモチヴェーションを高めようと思う。(笑) ということで、今月はかなりライヴの回数も減らさなければならないようなので、ご了承ください。でも見たいのは行きますが。(笑) また、マーヴィン本の翻訳進行状況については折に触れ、ご紹介していきます。
(本ソウル・サーチン・ダイアリーにおけるマーヴィン・ゲイ記事の一覧を後日まとめます)
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