泡波。
その店にはいつもあるわけではないが、時として泡波という焼酎がある。この焼酎は、沖縄の波照間で生産されているものだが、極めて限定生産のため、なかなか本土には入ってこない、という。なにしろ、波照間で600mlが600円程度のものが、石垣島に来ただけで5000円になってしまうという幻の焼酎だ。
そして、那覇で10000円、東京に来た頃には20000円にもなってしまったりするという。時にこれを出すバーなどがあるらしいが、そこには必ず「時価」と書かれているらしい。
で、マスターはそのビンを見せてくれた。「もちろん、今はないんですけどね(笑)」 そして、来週そのマスターは沖縄に一週間ほど遊びに行く。果たして、その泡波を仕入れられるのだろうか。彼はすっかり沖縄にはまっている、と告白する。
ここは武蔵小山の隠れ家的ソウルバーGekko。住宅街の中にひっそりと佇むこのバーに看板はない。従って一見さんはまずはいってこない。入口にはすだれがかかり、引き戸が1枚。その上に裸電球がひとつ。そこに「A」の文字が書かれているのが、唯一のサインといえばサインだ。
僕も初めてこの店を探したときには、前を通り過ぎた。あまりに行って、これは行きすぎだろうと思い、戻って、その店の前からかすかに音が流れてきたので、引き戸に近づき耳をそばだてた。そして、そのかすかに流れる音がソウルだったので、確信して引き戸を開けたのだ。
「あのAっていう文字は何か意味があるんですか」と尋ねた。「沖縄なんかにあるバーで、米軍の公認バーみたいなバーにAっていうサインが掛かってるんですよ。で、ちょっとそれを真似てみたんです」
立派なカウンターは、その沖縄に行ったときに入手した琉球松の1枚板を使っている。カウンター約8席の小さなバー。常連さんを大事にするがゆえに取材は断っている、という。2002年1月にオープンし、約1年半。やはり伝え聞いて、人がやってくる。
ターンテーブルは1台。アナログのみでCDはかけない。LPが約700枚くらい酒瓶と同じ棚に並んでいる。70年代の作品が多い。「一曲一曲を(違ったアルバムから)かけるのではなく、アルバムを片面かけることによって、ああ、(アルバムの中に)こんないい曲もあったんだっていうような発見があるでしょう。そういうのを狙ってるというか」とマスターの渡辺さんは言う。
ゴスペルっぽいいい音が聞こえてきた。「これは?」 「マイケル・ウィンのアルバムです」 ブッダから76年に出たアルバムだった。
26号線を目黒通りの方に向かい、交番の角を斜め左に。その道でAサインを探せればそれがGekko。
ENT>SOULBARS>GEKKO