◎【ジョー・サンプル、ル・サンプルにて】
アート。
夕方ホテルに迎えに行き、ハウスフォーンでジョーの部屋に電話をいれる。すると、誰も出ない。交換を通してもう一度かけるが、でない。シャワーでも入ってるのかな、と思ったら、なんと彼はすでにロビーにいた。「いま、ヒサオ(ビデオアーツ社長)を待ってるんだ」 なるほど。まもなく、すっとヒサオさん登場。ル・サンプルに向かう。
広尾の住宅街に目立つことなくひっそりと佇むル・サンプル。半地下に降りていくと、16席ほどの落ち着いたレストランが姿を現わす。「メロディーズ・オブ・ラヴ」の楽譜の一部が、ガラス自体に彫りこんで作るガラス・エッチングになって、席を仕切る。ジョー・サンプルのワーナーからの『インヴィテーション』の中ジャケットに使われている写真が額装され、静かにその『インヴィテーション』のアルバムが流れている。テーブルにはMr. Joe Sampleの札…。
「ここは、メニューがないんだ。先に、食べられないもの、嫌いなものだけ言って、あとはお任せ。シェフの才能を信じるんだよ。コー(とジョーはオウナー・シェフ、菊池晃一郎氏のことを呼ぶ)は、素晴らしいシェフだから、すべて任せるんだ。アートは、(音楽も料理も)みんな同じだよ。シェフがその日のいい素材を使って、クリエイティヴなものを作る。その昔、60年代にはロスにはおいしいフレンチ・レストランなんか、ぜんぜんなかった。70年代か80年代になってからボツボツ出始めたかな。僕の父はシェフだった。ニューオーリンズからカリフォルニアに向かう鉄道の食堂車のシェフをやっていた。だからいろんな料理を作ってくれた。そうそう、コーがクリオール料理に興味を持ってたんで、クリオール料理のいろんなレシピーが書いてある本をあげたんだ。コー、ちょっとあの本を見せてくれないか」
菊池さんがそのぶ厚い本を持ってきた。「僕の(料理の)秘密をあんまりしゃべらないでくれ(笑)」と彼はジョーに言った。テーブルにはいつのまにか、前菜が置かれた。ジョーが言うようにまるでアートのような盛り付けだ。そして、フォークとナイフをいれると上品な味わいが口の中に広がる。
しばらく前から、ジョーの『インヴィテーション』が流れていた。「このアルバムのアレンジャー、名前はなんと言ったかな、忘れてしまったが、彼は僕に、僕のピアノが気に入らないといって、あれこれ指示を出したんだよ。(笑) 彼はオーケストラのアレンジをした人物なんだが。彼はずっとしゃべってしゃべって、ああだ、こうだ、あれはこう、ここはこう、って延々と指示をしていた。(笑)フレディー・ハバード、CTIあたりで仕事をしていた人物だよ」 CDのジャケットを見せてもらい確認するとデール・エーラー(Dale Oehler)と書いてある。ジョーは名前を覚えていなかったが、クレジットを見て思い出していた。
すると、堰を切ったように、当時の話が飛び出してきた。「メジャーのレコード会社は、ひとたび契約すると、ヒット曲を作れ、ヒットを作れとばかり言ってくる。たとえば、このときも、だれそれと組んでアルバムを作れ、とか。この時期は最悪だったよ。ヒットを作ろうと思ってレコードを作ったら、絶対にだめなんだよ。僕は、そういう意味では、レベル(rebel=反逆者。体制におもねない人)なんだよ! メジャーとの契約が切れるまでの7年間は本当に耐えた。切れたときには、もうこれ以降は必ずインディペンデントで行こうと思った。だけど、おもしろいことに、レコード会社でその昔、あーしろ、こーしろ、と言っていた連中は今、もう生きてないんだ。(爆笑) 僕はどうにか、生き延びてるけどね。(笑)」
魚料理(この日は白身の魚だった)に続いて、肉料理。蝦夷鹿にソースがつけられたもの。これはずいぶんリッチな味だ。マーヴィン・ゲイの話になっていた。
同じ年。
「マーヴィンが、離婚するときに作ったアルバムがあったよね、なんだっけ」「ヒア・マイ・ディアー、ね。」「それそれ。確か、彼がベルギーに住んでたのはその頃だろ? その後くらいか。 僕たちがクルセイダーズでロンドンでライヴをやると、彼はなぜか必ずロンドンのクラブにいたんだ。クラブの名前は忘れたが、3回くらいあった。そこで会うと『ヘイ、ジョー、ジョー、ジョー』と言って、大喜びでハグしてきた。たぶん、長いことベルギーにいて、アメリカン・ミュージシャンが恋しかったんだろう。だから、ベルギーからわざわざロンドンまで来たんじゃないかな」
「マーヴィンの(アルバム)は、『レッツ・ゲット・イット・オン』のレコーディングに参加した」 「エド・タウンゼント!」 「そう、エド・タウンゼントだ。そのソングライターのパートナー、リニー・ホール(Rene Hall)というんだが、それが、『レッツ・ゲット・イット・オン』のテンポが遅いとか、速いとか言って、何度もやり直しをさせられたんだ。レコーディングは延々とかかって、マーヴィンはスタジオで(ボードに)手を伸ばして、ぐったりしていた。だが、ある瞬間、これだっていうテンポが決まって、やったら、それこそ『ボーン』って感じで、はまったんだな。あの、ヴェトナム戦争の曲…」 「ホワッツ・ゴーイング・オンね」 「そう、それだ。あれと、この『レッツ・ゲット・イット・オン』は全然違うだろ。アーティストっていうのは、その時その時の感情で作品を作るものなんだ。マーヴィンが父に撃たれたのは、本当にショックだった」
「1984年のエイプリルフール・デイのことでした。マーヴィンは1939年の4月2日生まれです」 「僕は1939年の2月1日だ」とジョー。ということは、2ヶ月しか違わない。そうか、ジョーとマーヴィンは2ヶ月しか違わなかったんだ。気がつかなかった。まったくの同じ年生まれ。
身振り手振りを交えたジョーの話は、なかなかおもしろい。そして、話は尽きない。彼が参加したマイケル・フランクスの話、フィーチャー・シンガーとして起用したリズ・ライトの話、彼の昔話をサンプリングしたマーカス・ミラーの話、初めてローラーコースターに乗ったときの話、初めてパーシー・フェース楽団の一員として来日したときの話、その時初めて日本食を食べた時のこと、かと思えば、黒人差別の話(分離と統合の話)、1950年代から1960年代に南部でライヴをやるときに、決してオーディエンスを見下ろしてはいけない、エンタテインしなければならない、といったシリアスな話、クリオール料理の話、最近のハリケーンの話、あ~覚え切れない…。(笑)
いつのまにか、デザートがでていた。ジョーの哲学のひとつは「おいしい料理と素晴らしい音楽がなければ、人生は台無しだ」というもの。ジョーの周りにはそのふたつがある。しかし、ジョーのあのエネルギーもすごい。ディナーは4時間を越えていた。久々にゆっくり食事をした。
「ヒサオ、明日のフライトは何時だったっけ」 「9時半、成田です。ということは8時には成田着、ホテル出発が7時…、ジョー、6時に起きてください」 「いや、起きるのは6時半だ(笑)」
■ ジョー・サンプル&ランディ・クロフォードの新作『ノー・リグレッツ』には、ル・サンプルの紹介が書かれたカードがあります。そのカードを持っていくと、ワインもしくはソフト・ドリンクが一杯サーヴィスされます。
■ 「ル・サンプル Le Sample」
ウェッブページ http://le-sample.com/
住所 東京都渋谷区東4-9-10 TS広尾ビルB1F
電話 03-5774-5760
アクセス 恵比寿駅西口より徒歩13分/広尾駅2番出口より徒歩13分/表参道駅A5出口より徒歩12分
営業時間 6:00PM~10:00PM (ラストオーダー)
定休日 火曜、第1・3水曜
席数 16席 要予約/全席禁煙/
コース料金 :コースA(ヨランダ)\6,300(4皿)・コースB(ジョー)\10,500(6皿) (税込み、7%のサーヴィス料別)
カード 使用可
ENT>MUSIC>ARTIST>Sample, Joe
DINING>RESTAURANTS>Le Sample
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