【テンプテーションズのメンバー変遷】 <br>
複数。<br>
先日の「スマスマ」に登 していたフェイク・シュープリー ス、テンプテーションズに関連して、シュープリー スに続いて、テンプテーションズのメンバー変遷をまとめてみよう。かなり複雑なので、エクセルかなにかで一覧表にしたほうがわかりやすいかもしれない。(笑)<br>
1955年、ザ・プライ ス(エディー・ケンドリックス、ポール・ウィリア スほか)とザ・ディスタンツ(オーティス・ウィリア ス、エルブリッジ・アル・ブライアント、メルヴィン・フランクリン、リチャード・ストリートほか)という二つのヴォーカル・グループがデトイトで活動を始めた。この二つのグループが合体して、ひとつのグループになった。この時は、エルジンズと名乗ったが、同名のグループがいたために、検討の結果、テンプテーションズに。1961年3月、モータウンとテンプテーションズとして契約。このときのラインアップは、オーティス・ウィリア ス、エルブリッジ・ブライアント、メルヴィン・フランクリン、エディー・ケンドリックス、ポール・ウィリア スの5人 った。この のリードは、ポールとエディーが心で、一部でその他3人がっていた。<br>
1963年12月、エルブリッジ・ブライアントが昼間の仕事に専念するためにグループを脱退、後任にデイヴィッド・ラッフィンが 入。1964年1月、「ザ・ウェイ・ユー・ドゥ・ザ・シングス・ユー・ドゥ」発表。見事なヒットに。1964年12月、世紀の名曲「マイ・ガール」発表。このリードがデイヴィッドで、以後デイヴィッドのリード曲が増え、それにともない彼の人気も急上昇。しかしその後、デイヴィッドのエゴが増大。結局、解雇に。<br>
1968年6月、デイヴィッドが解雇され、デニス・エドワーズが 入。その後1969年 から、オリジナル・メンバーのポール・ウィリア スの体調が悪くなり、なかなかステージでもしっかりしたパフォーマンスが行えず、ステージ横でリチャード・ストリートが彼の部分を影でうようになった。1970年11月、エディー・ケンドリックスがそれまでのグループ内での待遇に不満を持ち、脱退しソへ。エディーの後釜はリッー・オーエンス。しかし、すぐになじまず脱退。1971年4月、体調不良のポールが式に脱退。リチャード・ストリートが式に再 入。ポールは1973年8月17日、34で自殺。<br>
ポールに代わって、デイモン・ハリスが参 。この時点でラインアップは、オーティス・ウィリア ス、デニス・エドワーズ、メルヴィン・フランクリン、リチャード・ストリート、デイモン・ハリス。<br>
1974年秋、アルバ 『ア・ソング・フォー・ユー』レコーディング時期に、デイモン・ハリスが不適切な態度が続いたため解雇。グレン・レオナードが参 。<br>
1976年、『ザ・テンプテーションズ・ドゥ・ザ・テンプテーションズ』のレコーディング後、デニス・エドワーズが脱退。後任にルイス・プライス。<br>
この後、テンプスはアトランティックと契約、2枚のアルバ を発表するが、1980年、再びモータウンへ。<br>
ルイス・プライスが脱退し、それまでソシンガーとして活動していたデニス・エドワーズが復帰。<br>
1982年、エディー・ケンドリックス、デイヴィッド・ラッフィンを迎えた『リユニオン』企画が実現。<br>
1983年、グレン・レオナードが脱退、ン・タイソンに交代。<br>
1984年、デニスが再度脱退(事実上の解雇)。アリ・オリ・ウッドソンが 入。同年、アース・ウインド&ファイアーのアル・マッケイ・プデュースの「トリート・ハー・ライク・ア・レイデイ」が誕生。<br>
1987年、アリ・オリが脱退し、デニス・エドワーズが3度目の 入。そのときできたアルバ が、『トゥゲザー・アゲイン(再び一緒に)』。<br>
しかし、1989年秋、デニスは再度解雇。アリ・オリが再度参 。同年、テンプスが「ックンール殿 」入り。このとき表彰されたのは、オーティス・ウィリア ス、メルヴィン・フランクリンのほか、デニス・エドワーズ、デイヴィッド・ラッフィン、エディー・ケンドリックス った。これを機に、「ラッフィン、ケンドリック、エドワーズ、フォーマー・リーズ・オブ・ザ・テンプテーションズ」というグループができて、何本かツアーをした。<br>
しかし、デイヴィッドは1991年6月1日、ドラッグのオーヴァードーズで去(50)、エディーは肺がんを患い1992年10月5日去(52)した。<br>
1993年、リチャード・ストリートが脱退、セオ・ピープルスが参 。1995年2月23日、メルヴィン・フランクリン、去(52)。しばらく4人で活動後、ハリー・マクギルベリーが 入。<br>
1996年、アリ・オリが体調問題で脱退、テリー・ウィークスが参 。この時点でのメンバーは、オーティス・ウィリア ス、ン・タイソン、セオ・ピープルス、ハリー・マクギルベリー、テリー・ウィークス。このメンバーで、『スーパーボール』に登 した。<br>
1998年、セオ・ピープルスが脱退し、バリントン・ボー・ヘンダーソンが 入。しかし、2003年、脱退。元スピナーズのGCャメンが参 。さらに、ハリー・マクギルベリーがジョー・ハーンドンに交代。ハリーは2006年4月3日、56で去。よって、現在のメンバーは、オーティス、ン、バリントン、ジョー、テリーの5人。<br>
さて、現状でテンプスからの派生グループには次のようなものがある。<br>
ザ・テンプテーションズ<br>
本家本元。<br>
メンバー オーティス・ウィリア ス、ジョー・ハーンドン、ン・タイソン、セオ・ピーブルス、テリー・ウィークス。<br>
デニス・エドワーズのテンプテーションズ <br>
名称: 『ザ・テンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズ』<br>
このメンバーは、デニス・エドワーズ、デイヴィッド・シー、マイク・パティーヨ、クリス・アーノルド、バーナード・ギブソン。(のちにバーナードからアリ・オリ・ウッドソンへ交代)。<br>
アリ・オリは一時期、自身のグループ「アリ・オリ・ウッドソン&ジ・エンペラー・オブ・ソウル」というグループをやっていた。<br>
デイモン・ハリスのグループ<br>
1990年代前半に結成。<br>
名称: 『ザ・テンプテーションズ・レヴュー』、現在は『ザ・テンプテーションズ・トリビュート』<br>
リチャード・ストリートのグループ<br>
名称: 『リチャード・ストリート』<br>
リチャードは、自伝本『ボール・オブ・コンフュージョン』(仮題)を執。<br>
グレン・レオナードのグループ<br>
名称: 『ザ・テンプテーションズ・エクスペリエンス』<br>メンバー、グレン・レオナード、ジョー・ハーンドン(のちにテンプテーションズ本体へ 入)→レイ・デイヴィス(2005年7月5日去)、ハリー・マクギルベリー(2006年4月3日去)。<br>
来日していたのは、リチャード・ストリートのグループのように思えるが、ほかのメンバーがわからないので、確には不明。<br>
というわけで、テンプテーションズもいろいろ、それぞれの人生もいろいろ 。<br>
+++++
ENT>MUSIC>ARTIST>TEMPTATIONS
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