背中。
バラードの「Love’s Holiday」が終わると、客席中央にに一本のスポットライトがあたります。すでにバンドは次の曲のイントロを演奏し始めています。そこにいるのは、あのモーリス・ホワイト。僕の席からは彼の背中しか見えません。しかし、疑うことなく、それはモーリス・ホワイトです。客席の通路に彼がいます。そして歌い始めたのは、「Be Ever Wonderful」でした。
「今の君のままでいて欲しい。今のままの君が一番素敵だ。今宵こそ、君にとって完璧な夜」というとろけるようなラヴソング。アルバム『オール・ン・オール(邦題、太陽神)』に収録されている秀逸な一曲です。国際フォーラムにいる恋人達への賛歌と言ってもいいでしょう。
モーリスは歌いながら、少しずつステージの方へ歩み寄っていきます。一歩一歩、ステージへ。彼に触ろうと腕を伸ばす観客たち。白いスポットライトが客席通路を進むモーリスを追います。モーリスは決して後ろを向くことなく、前と横を見ながら進みます。
階段を上がりステージに登っても、しばし、彼は客席に背を向けたまま、ゆっくり腰を動かしたままで、こちら側に振り向きません。観客はずっとモーリスの背中を見ることになるわけです。
しかし、その背中が、なかなかいい。背中で歌えるシンガー、背中で物語を語れるシンガー、背中で愛の言葉を表現できるシンガー。それがモーリスです。
79年3月の初来日から数えて、10回目の日本ツアー。アース・ウインド&ファイアーには、ただならぬ思い入れがあるわけですが、しばらくモーリス不在のアースがライヴをやっていたのを見ていたファンのひとりとしては、たとえ、バンドが少々荒っぽくて緻密さに欠けるとしても、たとえ、フィリップ・ベイリーの声が一時期の神がかったような声でなくなったとしても、ギターがアル・マッケイほどソリッドでなかったとしても、モーリス・ホワイトがステージにでてきて歌を歌った、というだけで、感情的に許してしまうことにもなるわけです。
「Evil」では久々にモーリスのカリンバ(アフリカの楽器)の演奏を堪能しました。
やはり、モーリスがステージにいるといないとでは、まったく違うグループのようです。メンバー紹介で、フィリップ・ベイリーは彼を呼び出すとき、プロボクサーの紹介よろしくこう叫びました。
「ビッグ・ダディー! ビッグ・ボス! モーリス・ホワイト!」
そう、彼はビッグ・ダディーであり、ビッグ・ボスなのです。ビッグ・ボスなしのアースは、やはり、にんにくのきいていないガーリック・トーストと同じです。モッツァレラチーズののっていないカプレーゼと同じです。
ウェルカムバック、ビッグ・ボス!
(2002年11月27日、28日国際フォーラム)