【フランク・マッコ のナイト・セッション】
ナイト・セッション。
先日の東京ジャズにマーカス・ミラーとともにステージに立ったフランク・マッコ (9月3日=4日付け日記参照)。 この組合せを初めて聴いたときには、びっくりしたもの が、いろいろ話をきいてみると、まあ、自然の流れというか、あってもぜんぜんおかしくないん なあ、ということがわかった。
日曜の東京ジャズの夜の部、同の佐藤英輔氏、それからマルらを誘っていってみた。実は、フランクから滞在にインタヴューを受けたい、という連絡があって、英輔氏に んでみたの 。そうしたら前回フランクのCDがトイズ・ファクトリーから発売されたときにも、インタヴューしていて二つ返事で音楽雑誌用にやってくれることになった。
ところが、大体、フランクに時間がないの 。(笑) ざっくりした日程では、1日(金)来日、2日(土)リハ、3日(日)本番、4日(月)朝帰国という。おいおい、いつできるん あ。ってなわけで、結局、3日本番ライヴ終わった後に小一時間でもやりましょうか、ということになった。
6時半始まりでライヴが9時半に終わって、10時か10時半くらいからホテルでできればいいなあ、と思っていたの が・・・。ま、「ナイト・セッション」です。
しかし、あ・ま・か・っ・た・・・。三者のライヴが終わった後、最後ということで軽い打ち上げが始まった。ほんとは、ライヴ後ホテル待ち合わせの感じ ったが、とりあえず打ち上げのところに入ってフランクと再会。しかし、出演者が いたい揃っていて、みんな飲ん り、食べたりで、とても終わりそうにない。一緒に行ったマルは、マーカスに写真を撮られるわ、トニー・メイデンとは友達になりたいと言われるわ、佐藤氏は佐藤氏でトイズの人たちと立ち話をするわで収拾がつかない。フォトグラファー、Yはホテルで待たせてるし、駐車 は11時で閉まるとかで、とりあえず車を しがてら、Yをピックアップに。そして、また会 に戻ると、いきなりパーティーお開きの空気に。
そこで、みんなでホテルにトンボ帰りすることになった。な〜ん 。(笑)ところがホテルでは、コーヒーハウスは終わり、バーも1時までなら、という。うーむ、 所がないってことで、裏の人目につかないビーで話をすることにした。フランクは、「じゃあ、ちょっと荷物、部屋においてくるから。すぐに戻る」と言ってビーから部屋に。我々はビーで待つ。
しかし、これがまた戻ってこない。(笑) 「一緒に行くべき ったな(笑) それで連れてくるのがベスト」 しばらしくして、部屋に電話してみるものの、電話にはでない。「あ〜〜、まさか寝てしまったのでは?」 どうしましょう。で、しばらくすると、フランク登 。やっとの思いで取材は始まった。
その模様はいずれ佐藤氏がどこかに書くものと思われるので詳細は省くが、 いたいこんな感じかな。
今、イギリスなどで出回っている『ストレート・フ ・ザ・ヴォールト』のアルバ は、日本でもいずれ出したい。トイズから出る方向性。また、新作もそろそろ作って、リリースしたい。
同じくブートレッグとして出回っている『ブートレッグ:モータウン・セッション』の出た経緯などもいろいろ話してくれた。
いますべて自分でやっていて、レコード会社も、ワンマン・レコード・カンパニー、マネージもライヴのブッングも自分でやっている、という。
スティーヴィーとの出会い、プリンスとのこと・・・。
フランクは、ひとたび話し出すとまらない。通訳するのもおいつかなくなる。(笑) というわけで、たっぷりお話しをして、写真を撮影して、ホテルを出たら2時過ぎていた。う〜む、長いナイト・セッション った。英輔さん、おつかれさま、そして、ありがとうございました。
ENT>MUSIC>ARTIST>McComb, Frank
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