【パーフェクト・パフォーマンス】
ファーストクラス。
なんと表現したらいいのか、うまい言葉が見つからない。あまりにいいライヴを見ると、どうしてもあれも書きたい、これも書きたい、こんなことを思った、などとどんどん書いてしまい、感想文が長くなるという大きな欠点がある。読むほうは短いがいいにきまってる。それはわかっているのだが、どうしても、あれもこれもとなってしまう。今日はちょっと長くなりそうなので、あらかじめ予告しておこう。
今、日本にいるアメリカのブラック系女性シンガーでダントツにすばらしい人だ。いや、このままニューヨークにもっていっても、堂々と人に紹介できる。もっとも、彼女はニューヨーク出身で、すでに向こうでも歌っているのだが。(苦笑) 9月にピアニンのフィーチャード・ヴォーカルで歌っていたデイナ・ハンチャードのライヴである。彼女が横浜モーションブルーで自己のグループでライヴをするというので相当な期待を持って出向いたが、想像以上のパフォーマンスだった。
彼女は、たとえば、ダイアン・リーヴス、カサンドラ・ウィルソン、ディー・ディー・ブリッジウォーター、あるいは、タック&パティーのパティー、さらにもう少し広げるとロバータ・フラックあたりを彷彿させる音楽的教養があり素養の高いシンガーだ。そうしたビッグネームに匹敵するファーストクラスのシンガー・ソングライターだ。
まず歌の表現力がすばらしい。ミュージシャンが間奏を演奏している間でさえ、彼女は歌に身をゆだね、表現し続けている。パフォーマーだ。個々の単語、言葉の意味を完全に理解し、その言葉を聴く者にていねいに伝えようとする。しかも、超低音から、かなりの高音までなめらかに高さを上下する。歌が音階も寸分狂わず、見事に歌いきる。絶対音感を英語でパーフェクトピッチという。略してPP。彼女のパフォーマンスは、パーフェクト・パフォーマンスだ。略してPP。
そして、音楽の多様性が見事だ。ベースにクラシックとジャズがあり、さらに、ソウル、ラテン、ロックなどの要素さえ取り込む。なにより、音楽の理解度、吸収度が圧倒的で、それを自分の体内でろ過し、排出する様がすばらしい。
それらは、いくつかのいわゆるカヴァー曲に現れる。カヴァーなのでなんとなく聴いたことがあるメロディーなのだが、完璧にデイナ本人のものになっている。ポップなアソシエーションの曲をこれほど、ジャジーにするとは。おそらく、それらオリジナルを知らずに聴いたら、みなデイナの作品だと思うだろう。それくらいデイナ色に染まっている。カヴァー曲をどれだけ自分のものにするかで「音楽度」を測るとすれば、デイナの音楽度は異様に高い。
さらに、歌への集中力が本当にすばらしい。デイナが歌へ集中すればするほど、聴くこちら側もどんどん集中していく。ファーストセットが終わった時点でどっと疲れがでたほどだ。もちろん、気持ちのいい疲労感だ。
ファーストとセカンドは、入れ替えがないため、まったく違う曲を歌った。まず、ファーストの「フーズ・クレイジー」から「ニアネス・オブ・ユー」へつないで歌っていくところなど鳥肌が立った。一瞬、ピアニストがデイナを見ていたので、予定外なのかとさえ思ったほど。客席も半分程度の入りだが、このパフォーマンスと値段は、相当なヴァリュー(お値打ち)だ。
ファーストより、セカンドのほうがより集中度が高まり、パフォーマンスもより高度になっていく。セカンドではどれもすばらしいが、4曲目に歌われた「アイ・ケア・フォー・ユー」は見事。さらに、アカペラの一人歌いで始めた「ビューティフル・シティー」も圧巻。その歌う姿に見とれている子の表情が、本当に「うっとり」しているようだった。観客の何人かはデイナが現在音楽を教えている生徒さんだったという。音楽教師というと、ロバータ・フラックもそうだった。
ただひとつだけ、音楽的に僕個人の贅沢を言えば、バンド自体があまり黒さを持っていないので、もうちょっとだけ黒くなってグルーヴ感が出ると、さらによくなるのではないだろうか。まあ、これは好みの問題か。
たとえば、こんなラインアップで彼女の歌を聴いてみたい。ピアノにジョー・サンプル、アコースティック・ベースにクリス・ミン・ドーキー、ドラムスにジャズをやるときのリッキー・ロウソン、ギターにデイヴィッド・T・ウォーカー、曲によってトゥーツ・シールマンスのハーモニカといったメンバーの中にこのデイナをいれてみたい。どんな化学反応が起こるのだろう。想像しただけで興奮する。
モーションで月一定期的にやったらどうだろうか。都内でもいいけど。僕がブルース・ランドヴァール(ブルーノート社長)の携帯番号を持っていれば、すぐに電話する。そんな風に思った。アメリカには、こうしたクラスのシンガーがいくらでもいるんだろうな、とも思った。
確かに歌をちょっと目指す者がいて、彼女のパフォーマンスを見たら、歌をやめようと思うのもいたしかたない。
「どうやったら、あなたのように歌えるようになるのでしょう」ときくと、彼女は「ただ歌うのよ。ひたすら歌い続けることよ。そして、Listen to everybody(ありとあらゆる人を聴きなさい)」と答えた。
トイレに行ったら、小さなブラックの男の子が一生懸命手を洗っていた。人なつっこい笑顔をしていたので、ひょっとしてデイナの息子さんかと思い、「デイナの子供さん?」と尋ねると、「そうだ」と言う。「Your mother is so good!」というと、ひとこと「サンキュー」と答えた。彼の名前はバスク。11歳だそうだ。将来歌うようになるのだろうか。
彼女の声、あのリチャード・ボナの女ヴァージョンのようにも思えてきた。それにしても彼女の声は、イメージの広がる声だ。恐れ入った。
Setlist (all songs are Dana’s original except otherwise indicated)
1st set
show started 18.32
01. Divee Down
02. Holy Water
03. Windy (Association, 1966)
04. Who’s Crazy
05. Nearness Of You (Standard)
06. Mystery
07. Deep Down Into The Well
08. Right Here
09. I Follow You
show ended 19:31
2nd set
show started 20:30
01. Tombo
02. Black Rice Cake
03. Doralice (Joao Gilberto)
04. I Care For You
05. Charly For A Young Brave
06. Back This Way Again
07. Cover Me
08. Beautiful City
Enc. My Romance (standard)
show ended 21:44
■メンバー
道下和彦 Kazu Michishita, guitar
河村竜 Riyu Kawamura, bass
ユキ・アリマサ Yuki Arimasa, piano
平山しげお Shigeo Hirayama, drums
■デイナとの初遭遇。9月8日分ライヴ評。
September 10, 2005
Pianin & Dana Hanchard Live: Dana Said My Language Is Music
http://blog.soulsearchin.com/archives/000496.html
■デイナ・ハンチャード・ウェッブ
http://www.danahanchard.com(バイオ、ディスコグラフィーなど充実。英語です)
(2005年10月7日金曜、横浜モーションブルー=デイナ・ハンチャード・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Hanchard, Dana