Hugh Masekela: Signed Autograph On His Autobiography

【ヒュー・マサケラ自筆のサインを貰う】

ハグ。

Still Grazing自伝本『スティル・グレイジング』を買って、彼を待っていると、登場するなり、いきなりハグをしてきた。「(日本語で)ありがとう、ありがとう。(これは英語)名前はなんだ?」 「マサハル、これです」 名刺を渡す。

「南アフリカには戻りましたか?」と僕は彼に尋ねた。「今は住んでるよ」 「え~~、いつから?」 「14-5年になるかな。アパルトヘイトがなくってからすぐに戻った」 「その時どんな気持ちでしたか?」 「それは素晴らしかったよ。自分が生まれ育った街だし。だが、多くのものが破壊されていた」 自伝本にていねいにサインを書きながら、彼は僕の質問に答えてくれた。

その自伝本を出したのは、1939年南アフリカ生まれのトランペッター、ヒュー・マサケラである。今年66歳。ブルーノートでライヴを行い、CDと自伝を即売し、買ってくれた人にサインをするというわけだ。自伝(2004年発売がでているのは知らなかったので早速買い求め、サインしてもらうことにした。

実は彼のライヴはいつか見てみたいと20年近く思っていた。2年ほど前にひょんなことで来日していたのを後から知ってひじょうに残念な思いをしたが、今回はブルーノートということで期待していた。

なぜ20年も前からか。少し長くなるが書いてみよう。ヒュー・マサケラの存在は知っていた。ヒット・ポップスを追っていれば彼の68年の大ヒット「グレイジン・イン・ザ・グラス」という曲を知ることになる。なにしろ全米ナンバーワン・ヒットだから、どこかで聴いたり、CDのヒット・コンピレーションに入っていたりする。その後70年代に彼がカサブランカ・レコードから出した、少しばかりディスコ調のアルバムも数枚持っている。

そして、1985年9月、彼がジャイヴへ移籍して出したアルバム『ウェイティング・フォー・ザ・レイン』のライナーを書く機会に恵まれた。これはジャイヴ・アフリカからの彼の2作目だったが、この時いろいろとヒューのことを調べ、彼について詳しく知って大変感銘を受けたのだ。

その後ジャイヴからは同じく南アフリカ出身のギタリスト、ジョナサン・バトラーがデビューする。時を同じくして、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)が国際的に非難をあびるようになり、ミュージシャンたちも反アパルトヘイトの作品を出すようになる。例えば、85年の「サンシティー」(アーティスト・ユナイテッド・アゲインスト・アパルトヘイト)や、同年のスティーヴィー・ワンダーの『イン・スクエア・サークル』収録の「イッツ・ロング・アパルトヘイト」などである。南アフリカ、アパルトヘイトなどへの興味が広がりつつ、何人かの南アフリカのミュージシャンが長く母国に帰れないでいることを知った。

ソウル・サーチン―R&Bの心を求めてジョナサン・バトラーにはインタヴューする機会があったが、ヒュー・マサケラとはまったく縁がなかった。その後僕は88年から『ソウル・サーチン』を書き始め、2000年に出版するが、実はヒュー・マサケラ、ジョナサン・バトラーの二人は、もし取材がじっくりできるなら、書いてみたいと思っていたのだ。

なにしろ、ミュージシャン本人にはなんともし難い政治という要因で母国を追われ、イギリスやアメリカなどのどこかの外国で生きていかなければならない。そして、仮に外国で成功し、南アフリカでレコードが売れても、そこでライヴをできない。そういう過酷な状況でミュージシャンはどう考えていくのか。

ジョナサン・バトラーだったかのインタヴューで、「自分はアパルトヘイトがなくならない限り、母国には帰らない」という強い主張があったが、これはジョナサンだけでなく、一度南アフリカをでた人間にとっては、共通の認識だったようだ。80年代の半ばまではとてもアパルトヘイトがなくなるなどという状況ではなかったから、なおさら、絶望感は強かったに違いない。当然、そこには各人のソウル・サーチンがあるはずで、それを知りたいと思っていた。

ヒュー・マサケラは21歳の時、1960年に、ニューヨークに留学のため行って以来、ずっと母国に帰らないでいた。彼もアパルトヘイトに反対の立場をとるため、母国には帰らないという強い意志をもっていた。そんな彼が南アフリカに戻るのは、91年、アパルトヘイトの撤廃が発表されてからすぐのこと。31年ぶりの帰郷である。

「あなたのライヴは、20年以上、待ち続けていたんですよ」 英語が少し訛っているヒューは、きっと日本語アクセントの僕の英語も聞き取り辛いのだろう。「何年だって?」 「20年以上ですよ」 「それはありがとう」 そして、僕の名刺を見ながら、尋ねてきた。「ソウル・サーチャーか。君は何のソウルを探してるんだ?」 「毎日、あらゆるソウルを探してますよ」と答えると、彼がにやっとして僕に再びハグしてくれた。

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ブルーノートのウェッブ
http://www.bluenote.co.jp/art/20050719.html

(2005年7月20日水曜、ブルーノート東京・ファースト=ヒュー・マサケラ・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Masekela, Hugh

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