旅立ち。
ひたすらパソコンに向かって『ブラザー・レイ』の翻訳を続けていますが、なかなか進みません。いや、遅々としては進んでいる気もしますが。本はとりあえず42章まであり、そのあと「あとがき」とか「追記」などがあります。ざっと言って1日10ページがめどなんですが、これがきついですねえ。
以前ベリー・ゴーディーの本を翻訳した時は、1日4ページ、週5日ペースでやったんですが、今回は、すでにご存知のように12月下旬の入稿ということで、かなりの突貫工事です。これからしばし、ひきこもってレイ・チャールズ日記になってしまうかもしれません。(笑)
少しばかりネタばれになりますが、昨日てがけたところで、母親が死んだ後のシーンがあるのですが、そこのところは感動的でした。訳してても胸がいっぱいになりましたねえ。
レイのこの自伝の素晴らしい点は、彼がかなり本音ですべてを包み隠さず話しているところです。同じデイヴィッド・リッツがてがけたアレサ・フランクリンの自伝は、それに比べて、骨抜きになっているような雰囲気がなきにしもあらずです。これはアレサが初稿の段階でどんどんカットさせてしまったからだといいます。
さて、今日は11章をやっていますが、ちょうど彼がフロリダ州のタンパという街にやってきたあたり。彼はもうすでに、自立して、ひとりで住み、バンドマン生活を始めています。
彼の信念の中に、「3つのノー」というのがあって感心しました。それは、彼は盲人になったが、絶対に次のものは拒絶するというもの。その3つとは、杖、盲導犬、そして、ギターだというのです。この3つのいずれもが、盲目であることを象徴するかのように思えるから、自分は絶対にこの3つだけは持つまいと心に決めました。
あるグループが盲目となったレイに盲導犬をプレゼントしようとしたら、彼は即答で断るんですね。「犬なんかに引っ張られてたまるか」というのですから、たいしたものです。
彼は地元の道をほとんど知っているので、ひとりでどこへでも行きます。そのあたりの感覚はすばらしいものがあります。彼はフロリダで約3年間ミュージシャン生活をして、いよいよさらなる飛躍を求めて、旅立ちます。その行き先の決め方が、ふるっています。
友達に地図を広げてもらい、今いるところを指差してもらい、そこから一番遠いところを指してくれと言います。友人が指したところは、シアトルでした。そこでレイはおそらく3000マイル以上離れたシアトルにたったひとりで旅立つわけです。シアトルではいったい彼に何が待ち受けるのでしょう。