NO.644
2004/05/15 (Sat)
Soul Of Tree, Tree Of Soul:  Furniture Of My Mind
[仕事に忙殺されるサラリーマン生活に疑問をもった彼は、家具作りの道へ進むことを決意する。こだわりの「ソウルあふれる家具」作りを目指す家具職人のソウル・サーチンの物語。]

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樹魂。

心の詩 「樹魂」と書いて、「じゅこん」と読む。「樹」は生きている木。「樹」は切り倒された瞬間、生命を絶たれただの「木、木材」となってしまう。そんな死んだ「木」に再び魂を吹き込み、家具という新しい役割を持った「樹」として生き返らせたい。そういう思いを込めて命名したのが、「樹魂」という名の家具作りの工房だ。そこでは一日中ラジオやCDが流れている。今日かかっているCDはスティーヴィー・ワンダーの 『ミュージック・オブ・マイ・マインド(我が心の音楽。邦題、心の詩)』 (1972年作品)。これに収録された「スーパーウーマン」は8分近くある大作であり名曲だ。この工房は2003年暮れに東京都町田市に住む伊藤あきとしさんが始めた。

それから遡ること3年前。2000年、いくつかの仕事をしてきた彼は、サラリーマンを辞めようと思い始める。とりたててスーパーサラリーマンではなかったが自分なりに仕事は一生懸命やり、管理職にもなった。しかし、自分のやりたいこともできずに、いつしか日々の生活は会社との往復だけで家にはただ寝に帰るだけになっていた。これを今後何十年も続けるのかと思うと、今の生活でいいのだろうか、という疑問がふつふつと湧いてきた。

ソウル・サーチン—R&Bの心を求めて ちょうどそんな時、FMで紹介されていた一冊の本に出会った。番組は毎日夕方4時からの『サンダー・ストーム』。そこで紹介されたのが 『ソウル・サーチン』 (音楽之友社)だ。http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/index.html シック、ナタリー・コール、ジョン・ホワイトヘッド、あるいはミニー・リパートンなど自分が気に入っていたアーティストたちのおなじみの大ヒット曲やさまざまなエピソードを、一週間(月曜から金曜)かけて紹介していた。そうしたエピソードに触れてからそれまで何度も耳にしてきた同じ曲を聴くと、その曲がまったく違う新たな魅力を持って聴こえてきた。アーティストたちの物語に興味を持った彼は、何軒か書店を回りすぐに本を手に入れた。

決意。

その頃、会社の異動で通勤時間は長くなり残業も増え、ますます会社人間になっていた。1963年生まれの彼はそれまでもソウル・ミュージックが好きでよく聴いていて、レコードやCDを買い、時にはDJの真似事などもしていたが、自分のお気に入りのアーティストたちのヒット曲や栄光の部分しか知らなかった。この『ソウル・サーチン』を読んで、栄光以外の影の部分を垣間見て、それぞれのアーティストたちの「ソウル・サーチン」の意味を知った。そして自分の可能性にもかけてみたくなった。前書きに書かれていた「次の『ソウル・サーチン』の主人公となるのは、あなたかもしれないのだ」という言葉に、次の主人公は自分かもしれないと思った。

彼が家具職人の道を選んだのは、自然の素材で一から物を作ることができると思ったからだ。しかし、家具職人になるべく専門学校に通うまでは、日曜大工さえしたことがなかった、という。

会社を辞めて学校に行く決意を固めた頃、家具作りの基本的な勉強をしようと思い、タウンページを見て自宅に一番近いところにあった家具屋さんを探し、遊びにいくようになった。そこでは今まで何も知らなかった木工の基本を見様見真似でいろいろ覚えた。たまたま知り合ったこの家具屋さんの主人は、多くのことを教えてくれ、彼にとっての師匠のような存在になっていった。ここで基礎的な知識を覚えたので学校での授業が理解しやすかった。

サラリーマンを辞める決意をしてから1年余。2002年4月から翌年3月まで、彼は専門学校に1年間、休むことなく週5日通った。講義と実技があり、毎日7時間ほどの授業があった。クラスは20名。高校を卒業した人が6名、彼のような脱サラ組が3名、40歳の人もいた。伊藤さんはその人についで2番目の年長者だった。ふたりいた先生は、ともに伊藤さんより年下だった。

1年は瞬く間に過ぎた。彼は振り返る。「これほど充実した時間は、生涯で初めてだったかもしれません。卒業式には、修了証とともに、皆勤賞、努力賞もいただくことができました」

ちょうどその頃、テレビで岡山県のとある工房が紹介されていた。伊藤さんはその主人の生き方や、家具作りの姿勢に共感を持ち連絡をいれた。最初話を聞きに行き、その後、そこで勉強できればと思ったが、夫婦ふたりでやられている工房のため、給料はだせないと言われた。しかし、それでもよければという言葉をもらい、彼は岡山で半年ほど修行する。2003年4月から半年間のことだった。

つながり。

修行後、東京に戻りいよいよ独立することになって、工房の場所を探した。ところが、工房を作るということは、機械の騒音や木屑の問題など周囲に迷惑がかかることが多いので、なかなかいい場所が見つからなかった。あるとき、家具屋さんの仕入先で、それまでも何度か授業などで使わせてもらっていた材木屋さんに思わず愚痴をこぼすと、その材木屋さんが「うちを使えばどうだ」と言ってくれた。そこの倉庫の一部を仲間の協力を得て手作りで2ヶ月ほどかけて改築し、工房を始めることができた。これが2003年暮れのことだ。

初めての仕事は、以前に勤めていた会社のお客さんだった。開業したことを案内すると、注文がもらえた。

伊藤さんは言う。「この仕事は、営業、設計、見積もり、制作、販売、納品、メンテナンスまでトータルに仕事ができるのでやりがいがあり、ひじょうに充実しています。自分が作った物を使う人がわかっているということは、物を作る仕事をしている人でもなかなかないと思います。もちろん逆もそうで、使う人も、作品を作った人と直接接触することもあまりないでしょう。この仕事には実に人と人とのふれあい、つながりが感じられます。これが今までのサラリーマン生活と一番違う点かもしれません。実際、タウンページで見つけた家具屋さんと知り合いにならなければ、僕はまだきっと工房を持っていなかったと思います」

伊藤さんが作る家具は、いわゆる手作りの注文家具。よってどうしてもコストが高くなる。今はまだ勉強期間と思い、単価を安くしてやっているが、それでも注文を取るのは大変なことだという。彼は素材にこだわる家具について解説する。「材料を家具に使えるようにするには、乾燥という工程が大切です。本来なら、天然乾燥を7〜8年して、人口乾燥をかけ、その後、また天然乾燥を1年くらいすると良い家具材となるのですが、その工程をすると、金額的には高いものになります。ですので、材木屋さんも乾燥していない木を使いますし、市場の家具は、乾燥の必要のない合板を主に家具を作っています。乾燥していない材料を使うと、反りや割れなどを起こし、ひどい時には家具としての機能を失います。僕たちのような無垢材で家具を作っている者にとっては、乾燥材を使うというのは、とても大切なことなので、材料費がかかっても乾燥材を買うようにしています」

ソウル家具。

「なによりも、グルーヴ感のある家具、ソウルのはいった家具を作りたい」と彼は言う。「あるいは音楽のような家具、と言ってもいいかもしれません。それは音楽グッズに関係する家具ということもありますが、音楽を聴いている場面に、ピッタリはまるような家具。音楽のように、傍らにあるだけで心が和む家具です。でも実際には、どうすればグルーヴ感が出せるのか、僕のソウルがうまく伝えられるのかは、まだまだこれからの課題でもあります」

伊藤さんはさらに続ける。「魂を込めて作った家具をお客さんが喜んでくれることは、もちろん嬉しいですし、達成感もあります。しかし、注文どおりの物を作って渡して終わりというわけではありません。本当は納品した後からのほうが真価を問われるのです。納品するたびに、作った物に対して『これからがんばってくれよ』という気持ちが大きくなっていきます」

2003年暮れ、山梨で競売で売りに出された緑あふれる土地と古びた倉庫を破格値で入手することができた。ぼろぼろの倉庫も手直しが必要で今すぐには使えない。だが、何年かかるかわからないが、こつこつ自分で直し、いずれはそこを工房とショールームにするつもりだ。これにも彼の周りの多くの人々が協力してくれている。彼は言う。「『ソウル・サーチン』は自分の意志で始めることですが、それを実行するためには、多くの協力者が必要だということを痛切に感じています。その人たちへの感謝の気持ちを改めて言いたいですね」

彼はこう結んだ。「僕も 『ソウル・サーチン』 の本のような、人の心を動かす作品を作りたいんです」 彼の夢は、自分で作った工房とショウルームで、一日中自分が好きなソウルミュージックを流しながら、仕事をすることだ。その時、そこでは彼の大好きなシックやクール&ザ・ギャング、クインシー・ジョーンズ、シャーデーなどともに、とりわけ好きなグローヴァー・ワシントン・ジュニアの「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」が流れているだろう。そう、シックや、クインシーや、グローヴァーたちのソウルの入った家具が生まれる日も遠くはない。もし、それらの家具にタイトルをつけるとすれば、Furniture Of My Soul(我がソウルの家具) あるいは、Furniture Of My Mind(我が心の家具)だ。


樹魂のページ

書籍 『ソウル・サーチン』 (音楽之友社から発売、2520円)、アマゾンのページ。



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